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那覇地方裁判所 昭和56年(わ)288号 判決

主文

被告人を懲役一〇年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、妻及び三男一女を擁し、分別あるべき年齢にありながら、日ごろ堅実な事業経営態度ないし生活態度に欠け、これまで安易に各種の商売に手を出してはいずれも失敗しその都度家族の尽力で事なきを得てきたものであるが、昭和五五年六月、沖繩県具志川市赤道において精肉鮮魚等の販売店「根保ミート」を開業したものの、又しても見通しの甘さと設備投資のため多額の負債を抱え、まもなくその経営にも行き詰り、翌五六年二月末には倒産のやむなきに至つたことから、同年三月一日、債権者らの追及を逃れるため、自己所有の普通乗用自動車(沖五五め一五―九三号)に身の回り品や釣り道具などを積み込んで家出し、以後、自分で釣つた魚を食べ、夜は右自動車内で寝たり、ときには同県沖繩市照屋三丁目一七番地の五五所在安座間アパート二階二号室に住む愛人砂川敏子方に泊めてもらつたりするなどの生活を送る一方、再起のため本土に出てタクシー運転手でもしようと考え、必要な書類を整えかけたものの、妻や両親を保証人に立てる必要があるが、これ迄再三迷惑をかけたことでもあり、今更両親に合わせる顔がないとしてこれも断念せざるを得なくなり、そのうち、所持金を使い果たし、負債整理の目途もたたないまま悶々とした日々を送つていたものであるところ、同年六月末ころ思案に暮れたあげく、右窮状を打開し、手取り早く資金を得るためには、子供を誘拐し、その近親者の憂慮に乗じて身代金を要求しその交付をうける以外に途はないと思い立ち、子供は自分の扱いやすい小学校一年生から三年生くらいの男の子、誘拐場所は土地勘のある同県宜野湾市伊佐浜海岸付近、身代金の額は債務の内入れと新たな事業資金として必要な額に見合う五〇〇万円とすることなど徐々に具体的な計画を練り、同年七月一五、六日ころから右伊佐浜海岸付近をドライブし始め、同月一七日、たまたま右砂川敏子方に赴いた際、同女のメモ(昭和五六年押第一〇〇号の6)によつて同女が同月末まで実家に帰つて留守になることを知り、自分が右居室の鍵を預つていたことから、同室を誘拐後の監禁場所とすることに決め、更に同月二〇日、右伊佐浜海岸において誘拐に便利なように右自動車の後部ドアを車内からは開かないように改造したうえ、これを運転して、同日夕方右海岸近くをところどころで家の名や電話番号を所携のメモ(同号の8)に控えながら、適当な子供を捜していたところ、

第一  同日午後七時四五分ころ、同字伊佐二八九番地の一八二比嘉門タイル店前付近道路上において、同所を通行中の添石康之(当七年)を認めるや、同児に対し、「雨が降つているよ、乗らないか」などと言葉巧みに申し向けて同児を右自動車後部座席に乗車させ、同所から沖繩市方向に右自動車を走行させて同児を自己の支配下におき、もつて、身代金を交付させる目的で同児を誘拐したうえ、同日午後九時一五分ころ、同県沖繩市泡瀬一六二六番地の一一先の公衆電話から同児の実母である野原幸子の勤務先である同県浦添市字牧港一三三九番所在「クラブ水晶」に電話をかけ、同女に対し、「あんたの子供を預つている、命がほしかつたら明日の八時までに五〇〇万円を準備しなさい、明日の八時にはまた電話するから五〇〇万円は必ず用意しなさい」などと告げたほか、更に同月二一日午後八時ころから同月二六日午後一〇時一六分ころまでの間、前後一〇数回にわたり、同県沖繩市泡瀬一六八三番地先ほか一〇か所の公衆電話から同県宜野湾市字伊佐三五六番地所在の同女方ほか八か所に電話をかけ、同女に対し直接または間接に、「国体通りのエツソガソリンスタンド近くに茶色の車で一四一一のカリーナが止つている、その側の溝にビニール袋があるからその中に金を入れなさい」「今日が最後の取引と思え」などと告げ、もつて、同児の近親者の憂慮に乗じてその財物を要求する行為をし、

第二  同月二〇日午後九時一五分ころ、前記同県沖繩市泡瀬一六二六番地の一一先所在の公衆電話から前記野原幸子に電話した際、同所付近の空地に駐車中の前記自動車内において、前記添石康之の両手及び両足を麻繩(同号の5)等で緊縛し、かつその口をタオルで猿ぐつわをするなどして同児を同車内から脱出することを不能にし、更に同児を右自動車で前記砂川敏子方居室に連行し、同所において、その両手、両足を右麻繩等で緊縛し、かつその口にタオルでさるぐつわをするなどして同児を同月二七日午前一時五五分ころまでの間、右居室から脱出することを不能にし、もつて、不法に監禁した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中、身代金目的拐取の点は刑法二二五条の二第一項に、拐取者身代金要求の点は同条の二第二項にそれぞれ該当するところ、右身代金目的拐取と拐取者身代金要求との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い拐取者身代金要求罪の刑で処断することとし、その所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第二の所為は同法二二〇条一項に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一〇年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、判示のとおり、被告人が自らの責によりその事業に失敗したことに対する反省及び再起のための真摯な努力を怠り、再起資金を労せずして手に入れようという安易かつ自己本位な動機の下に、綿密かつ周到な準備をしたうえ敢行した計画的犯行であり、その態様も、幼い被害児の手足を縛り猿ぐつわをするなどして足かけ八日もの長い間監禁し、その間犯行を中止する機会も十分あつたにもかかわらず、また、被害児とほぼ同じ年頃の子を持つ親の立場にありながら、敢えて罪の意識に臆することもなく十数回にわたりいろいろな方法を指示して身代金を要求したというものであつて、その動機態様ともに何ら同情の余地はなく、子を思う親の愛情を巧みに利用した冷酷かつ卑劣、執ようかつ悪質な犯行と言わざるをえない。そして幸い無事に救出されたとはいえ、幼い被害児の受けた恐怖と不安はもとより、その母親ら近親者の受けた憂慮と動揺には測り知れないものがあり、被告人の家族の再三の謝罪にもかかわらずその怒りは今なお烈しく、被告人を宥恕する意思がないものと解されるほか、被告人には、その事業経営態度の点はもとより、物事の思考、判断に安易かつ短絡的な面があつて堅実さを欠いており、その生活態度も決して良好とは言えないことや、被告人の逮捕後本件がいわゆるマスコミによつて広く報道されたことにより地域社会に与えた衝撃も大きく、更にこの種事案が模倣性を有し、一般予防の見地からも厳罰をもつて臨むべきであることを考え合わせると、その所為は断じて許しがたく、被告人の刑事責任は極めて重大である。

よつて、本件当時自業自得とはいえ被告人が経済的に行き詰つて精神的肉体的に疲労していた節がみられること、本件監禁中、判示所為のほか、特に被害児に対して危害を加えたという形跡はなく、被害児も無事救出され最悪の事態を免かれ得たこと、被告人が前科を有せず、現在本件について被告人なりに反省悔悟しているように見受けられること、及び被告人の家族が示談交渉に誠意を示すとともに、その更生に協力する旨誓つていること、その他家族関係等被告人に有利な諸事情を十分に考慮しても、なお被告人に対しては厳罰をもつて臨む必要があり、主文の量刑はやむをえないところである。

よつて、主文のとおり判決する。

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